

他者を傷付けなければ生きていけない人達
「サイコパスは一定数存在する」と、総合人間学研究所の教授は語った。「それが自覚されている場合はまだよい」そう!知的職能の世界ではよく存在する才能のある人間である。自覚されているからこそセルフコントロール-自己抑制が可能なのだ。また、心理的機序を自ら理解しているが故に予めフォ...


真の同志こそが最強のコミュニティとなる
礼儀正しく、互いに尊重し合い、時にはウイットに富む会話ができる。そのような人間関係こそが真の同志である。挨拶もできない。挨拶をしても形式だけ。また、疎んじるように面倒臭そうな対応。何か一言いえば嘲笑う。これでは、同志どころか人間としての健全な関係は維持できない。こういった人...


純粋性は歓喜と創造の源泉
コミュニティで仲間と遊ぶことは童心に還る良いチャンスである。遊びのためのコミュニティがあっても良い。既にそういった「クラブ」を結成した場合もあるだろうし、そこに所属して活躍されておられる方も多数存在することだろう。その趣味にしても仕事以外での「遊ぶこと」はとても人間らしい行...


子供のように
子供のように純粋で無垢で正直でありたい。子供のように大きな夢や空想の世界に生きたい。もちろん、現実社会である。おとなとしての成熟とそれによる思慮は社会性として必要不可欠だ。ただ、その思慮が変質して他者を傷付け自分が優位になるよう他者に対して仕掛けるような悪知恵となってはいけ...


「子供時代の夢」を持ち続けること
自分を裏切らない。自分を胡麻化さない。それは同時に子供時代の夢を諦めずに持ち続け、それに向かって前進するということである。私の師匠は「偉大な人とは子供時代の夢を何歳になっても持ち続ける人の事だ」と、かつて語った。その意味が今つくづく理解されて来る。多くの人が「要領」を使って...


審判者であろうとする意味
マウントを取ろうと試み、自分こそがと最後の締め括りに批評をする審査員の如く振る舞い優位に立とうとするのは不粋極まりない。風流な世界を知らぬ田舎の野武士では芸が無く話しがまったく面白くない。いや、話しが通じぬ。その田舎で暖簾をかけ小粋な寿司屋に成ろうと京風の店と江戸前の気風の...


京風と江戸前に
さて、女性の時代の話である。女性の時代という言葉に冷たい反論をした男性の心理的な機序として考えられることは、筆者に対する反抗をしてみたかったのである。他の客とも親しくお話ししていることに嫉妬、焼きもちを焼いていたのである。小さな空間の寿司屋のカウンターという世界にあって序列...


女性の時代は皆が主役の時代
-小粋な京風の店になろうと田舎で奮戦する寿司屋での出来事 男性が外に出て働き女性は家庭を守るというカタチはいつから出来上がったのだろうか。旧石器時代において狩猟を主だった生活の糧とした時代に遡らねばならないのだろうか。筆者は常に疑問に思う。現代日本にあって縄文時代の文...


































































































































